医師国家試験の勉強を通して、「暗記」と呼ばれている能力の正体について、以前よりはっきりした感覚が得られた。
ここでは、勉強法のテクニック論というより、暗記という能力がそもそも何なのかを、自分なりのモデルとして言語化してみる。
暗記には「総量の上限」があるという感覚
まず前提として、人間が頭の中に保持できる情報には、体感として**それぞれ規定量(上限)**がある。
ある程度まで暗記量が増えると、成績は伸びる。
しかし、その規定量に近づくと、伸びが鈍くなり、やがて**プラトー(頭打ち)**に入る。
この状態になると、勉強して新しい知識を入れても、代わりに古い知識が順番に抜けていく。
イメージはところてんで、押し込んだ分だけ反対側から抜けていくような感じ。
結果として、
- 勉強時間を増やしても暗記総量はあまり増えない
- 成績の伸びは直線ではなく、対数関数のグラフみたいに伸びが鈍化する
という現象が起きる。
そして、この「入れられる知識の量(規定量)」には、かなり個人差がある。
感覚としてはポケモンの種族値に近い。「努力値で伸びる部分はあるけど、土台が違う」みたいな差が確かに存在する。
暗記力には3つの集団がある(体感)
国試勉強をしていると、暗記能力は大きく分けて次の3パターンに分かれるように見える。
- すごい集団(上位)
- 平均集団(中位)
- 弱い集団(下位)
ポイントは、集団間の差がかなり大きいこと。
勉強テクニックやノート術、周回方法などの工夫で、同じ集団の中で順位が上がることはある。
でも現実には、テクニックだけで
- 平均集団 → すごい集団
- 弱い集団 → 平均集団
のように、集団を移るほどの大きな伸びは起きにくい。
では、この集団差の正体は何か。
集団差の本質は「長期保持力」だと思う
自分が感じた結論はこれ。
暗記力の集団差は、「一度覚えたことを長期的に保持できる能力」の差である。
短期的に詰め込む力や、その場で理解して覚える力も大事ではある。
ただ、国試勉強みたいに範囲が広く、期間が長い勝負では、最後に効いてくるのは
- 覚えたことが数週間〜数か月スケールで残るか
- 周回しても「毎回ほぼ初見」に戻らないか
- 記憶の再点火(思い出すコスト)が低いか
という保持性能のほうだと感じた。
暗記が強い人は、同じ時間勉強していても「残る量」が違う。
だから後半に入っても知識が積み上がり、プラトーが高い位置に来る。
補足:暗記能力は思考力・言語能力と相関が少ない(体感)
もう一つ、勉強していて強く感じたことがある。
暗記能力は、論理的思考力や言語能力とは相関が少ない。
もちろん、完全に無関係ではないし、学習全体としては互いに支え合う面もある。
ただ少なくとも体感としては、
- 論理的思考力が高い人=暗記が強い
- 言語能力が高い人=国試で無双する
という単純な図式にはならない。
そのため、大学受験で優秀だった人が、国試でも必ず無双できるかというと、必ずしもそうではない。
大学受験も暗記は必要なので相関はある程度期待できるが、国試は特に「広範囲×長期保持」の比重が大きく、別の能力が前面に出る。
まとめ:暗記力とは「保持する力」であり、土台には個人差がある
自分の現時点の結論を一言で言うと、
- 暗記には「総量の上限」があり、伸びは対数曲線的になる
- 集団差の本質は「長期保持力」
- 暗記は思考力や言語能力と必ずしも強く相関しない
ということ。
国試勉強をしていると、努力で改善できる部分と、土台として差が出る部分が両方見えてくる。
その現実を踏まえたうえで、自分の戦い方(周回、復習、時間配分)を組むことが、結局はいちばん合理的だと思った。
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